チョコレートと片思い 女の子編
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クラスメイトの東條くんは、何を隠そう初恋の人だ。
小学校4年で同じクラスになり、仲良く遊ぶようになってからずっと、ずーっと好きだった。しつこいと言われ
るだろうが、高校2年になった今でも好きだ。変わらず好きだ。
それだけ長いこと、そりゃもう規制されちゃう犯罪者並に好きなら、もちろん1回位は告白してみようと考え
たこともある。
忘れもしない。あれは、繊細な上に小心な、小学校6年生の2月、女の子なら一度は通るバレンタインデーの出
来事だった。
『なあ、麻衣がチョコよこしたらどうする?』
『返す。だってあいつ女じゃないだろ』
放課後、彼を探し回っていた私は、漏れ聞いた内容に固まって、慌てて踵を返すと家へ逃げ帰った。
東條君本人に『返す』なんて言われて、渡せる勇気ないもん。ましてや『女じゃない』なんてね。
やっぱりよく男子と遊んでたのがまずかったのかな?それとも短すぎる髪?いつもジーンズばかりだったこと?
くよくよ原因を考えていたせいか、それから東条君たちとはあまり話さなくなって、中学では3年間違うクラ
スだったし、高校も1年の時はまるで接点がなくて。
なのになぜか今更、クラスメイトになっちゃったのよね。
子供のころの初恋がまだ忘れられない馬鹿な私は、毎日見られるようになった笑顔に、やっぱり好きだーとか舞い上がって悪夢のチョコレートをまた用意したり。
で、現在、バレンタインデーに至る。
それもね、放課後。また、放課後。今度は誰もいない教室に、1人なの。みんな、帰っちゃったのさ。
「なにやってるんだか‥」
ころりと指先で転がした小さな長方形は、素敵なリボンのかかった高級店のチョコだ。
手作りなんてもらったら怖くて食べられないだろうと、わざわざ休日を潰して買いに行ったものだけど、渡せな
いんだったら食べるも食べないもない。
未練たらしく東條君の席に座った私は、今日の彼の人気を思い出してもう一度ため息をこぼした。
彼は、もてる。勉強できるし、顔はいいし、友好的で友達多いし、でもすごいまじめって訳じゃないとこが、男女ともにうけるのだ。
おかげで朝も休み時間もお昼も放課後も、何度も呼び出されていて、私ごときが声をかける暇もなかった。まあ今はなんの接点もなくなったせいで、近づく勇気もなかったんだけどね。
結局、あの時と同じように手元に残ったチョコが、痛くて悲しいだけ。
「高かったのに」
わくわくとショーウィンドウを覗いてる時はなんとも思わなかったのに、自分で食べるしかなくなったとたん惜しくなるから不思議。
そっとリボンをはずしながら、苦笑した。
それでもこれがなくなる頃には、また笑えるんだろうなって。だって、片思い暦8年だもの。痛みにはいい加
減慣れちゃったわよ。
すべて形の違う凝った作りのチョコレートを1つ取って、口に放る。広がる甘さと、ほろ苦さに、あの初めて
のバレンタインも同じように過ごしたと思い出した。
ベットの上で泣きながら齧ったチョコは、しょっぱかったなぁ。今日のはちゃんとおいしいけど、ね。
「麻衣‥?」
さて次はどれを食べようかと物色していた時だった。
背後からかかった声にびくりと反応した私は、忘れたくても忘れられないその声に、恐怖で凍りつく。
「麻衣だろ?何してるんだ、そこで」
なんで、東條君がいるの?もう、帰ったんじゃなかったの?
恐慌状態の私は近づいてくる足音に振り返ることもできなくて、思いついたのは逃げなきゃってことで。
派手な音をさせて椅子を倒しすと、チョコレートが机から落ちたのも構わず駆け出した。
「待てよっ」
机に挟まれて狭い通路をあちこちぶつけながら抜ける、それをどうしてか追いかける東條君。
や、追うよね。それ、本能だよね、動物の。
わかってるけど捕まるわけにいかないから、必死に出口を目指してたんだけど。
「なんで、逃げるっ」
もうすぐ扉って教壇前でうっかり捕まって、腕を引っ張られて強引に向かい合った、好きな人。
彼は強い感情を滲ませた視線で私を縛り付けると、低く問いただしてきた。
「え、っと…なんとなく?」
「嘘だな」
ちゃんと笑えてるのかってくらい引きつった頬を意識しながら小さく呟いた声は、速攻否定されて、
当然絶句した私は頭半分高いところから睨まれて竦む。
なんで、追いつめられてるんだろう?
チョコ渡せなくて、へこんで、チョコ食べて、そんで追っかけられて、なんか怒られてる…?理不尽すぎて
わけわかんないんだけど。
掴まれた手首の痛さに顔を顰めた私は、ふつふつと湧いてきた怒りに乱暴に腕を引く。
…離して貰えなかったけど。
「痛い、んだけど」
「それが?」
主張してみるけど、更に力を込められたから、これって逆効果って事だよね。
「痛い、痛いっ」
「じゃあ、俺の質問に答えろよ」
「東條君の質問…?」
なんだっけ、と視線で問うと、更に手首が締め付けられる。
「いっ!」
「もう1個追加だ。…なんで『東條君』なんて呼ぶ」
だって、東條君は東條君じゃんっ!とは言える雰囲気じゃなかった。
これは、あれですか。子供の頃と呼び名が違うっていうのをさしてるわけですか。そして、質問っていうのは
東條君の席で食べてたチョコのこと、ですね?
…答えられたらいいんだけど、どっちも答えられないから本気で困る。
こうなれば嘘でも何でもついてこの戒めから逃れて、逃走するしかないよね。
正当だろうけどやましいその密やかな計画に、心の中で決行を誓った次の瞬間。
「言っとくけど、ちゃんと俺を納得させない限りこの手は離さないからな。明日の朝までかかろうと、お前を
解放してやらない」
この人は、超能力者だろうか。人の心を読むなんてっ。
腹立たしさに睨み付けても、その表情が揺らぐことはない。友達とふざけてる時には絶対見せない、怖いくら
い真剣な顔で、私をじっと見下ろすだけだ。
万事休す。四面楚歌でも八方塞がりでもなんでもいいけど、ともかく逃げられない恐怖と、諦めとでじっとり
掌が汗ばんでくる。
小さな頃、これと同じ顔してるの、見たことがあった。
川に流れてく子猫を乗せた段ボールを、2人で見つけて助けようとしたあの時。
無謀に川に入る私を押しとどめて、彼は、
『俺が行く』
って、あの顔した。駄目だって叫ぶ私を岸に押しやって、腰まで水に浸かりながら猫を抱いてきた顔。
「わかった…」
知らずに溜息が零れる。負けだなって認めて、降参する。
頑固な彼に、私は一度も勝てたこと無いんだもん。それにね、本当は今日、玉砕するはずだったんだし、
いい加減不毛な恋に見切りをつけるチャンスだから。
きっばり格好良くふられてやろうと、背筋を伸ばした。顎を上げた。そして。
「東條君にチョコ渡せなかったから、未練がましく貴男の席で感傷に浸ってました。ついでにチョコを食べ
てました」
どうだっと言わんばかりに威張って言う。
だってね、ちょっとでも気を抜くと虚勢が崩れて泣き崩れそうなんだもん。膝なんてね、ガクガクなんだよ。
笑っちゃって大変なの。
けれどそんな私の頑張りに感心することもなく、東條君は先を促す。まだあるだろうって、続きを催促する。
意地悪、だよね。楽々と余裕で告白する女の子なんているわけないのに、この人はなんでこうも冷たいんだろう。
でも、ついた勢いを殺しちゃうのも勿体なかったから、もう一つの疑問にもさっさと答えを放る。
「中学に入ってすぐ、うっかり東條君を下の名前で呼んで、クラスの女子にどういう関係なんだって問い
つめられたの。それが鬱陶しかったからそれ以来、東條君て呼んでます」
「友達だって言えば良かっただろ」
「卒業する少し前から、あんまり話しなくなってたのに?中学時代は一度も口、きかなかったじゃない」
「それはお前が俺を避けたからだ」
言い当てられて、言葉に詰まって、だけど私は俯いたりしなかった。だって、先に拒んだのは東條君の方だから。
「…6年生のバレンタイン、チョコレート渡そうとしたんだよ」
ぽつりと呟いた声は、思ったより頼りなく震えていて、そんな自分が不安になる。
悔しさをぶつけてやろうとしたのに、どうして私は怯えるんだろう。
「でも、返すって話してるの聞いちゃったから。女じゃないって言われたから」
その時、東條君の瞳が揺れた。強気な光がなりを潜め、驚きにうっすら色をなくす。
「麻衣…」
「好きだったんだもん。なのにあんな風に言われたら、もうどんな顔してレンと話したらいいのかわかん
なくなっちゃったの…」
ぶわっと視界を歪めた涙は、チョコを渡せなかったあの日から少しずつ私の中に溜まっていった感情で、
本人を前にして堰を切って溢れ出した。
後から後から、涙腺が壊れちゃったみたいに湧き出るそれを、なにやら柔らかいものが拭っていく。
「泣くなよ…麻衣」
思いのほか近くから聞こえた囁き声は、そのまま唇を塞いで…塞いで?え、これっ。
「レ…っ」
「拒むな。受け入れろ」
狼狽える私の頬を挟んで、もう一度キス。
驚きすぎて、涙なんか止まっちゃった。見開いたまま目も閉じられなくて、至近距離にある彼の顔に更に
動揺して。
「ごめん、な。俺、あの時まだお前を好きだってみんなに言えなくて、恥ずかしくてあんなこと言ったんだ。
まさか聞かれてるなんて思わなかった」
謝罪は合わせたままの唇の隙間から零れて、頷く間もなくまたキスされて。
「お前に避けられるようになって、嫌われたんだと思った。変に意固地にもなって、絶対自分からは声かけ
ないって決めたのに、やっぱまだ好きでさ」
「う、そ…」
「嘘じゃない。教室に戻ってきたのだって、もしかしてお前からのチョコがロッカーに入ってんじゃない
かって、情けない、夢みたいなこと考えたから」
「うそ」
「信じろよ。つか、お願い信じて。じゃないと俺、麻衣を逃がさない為にここで抱く」
低い声で宣言した後、噛みつくみたいなキスは急に深くなって、息苦しいほど私の口の中を蹂躙した後、
やっと離れる。
「チョコ、ごちそーさん」
ペロリと唇を舐めた姿が壮絶に色っぽくて、目を離せないでいる隙にお腹を冷たいモノが撫でた。
「やっ、なにっ」
「わり。手、冷たかったか」
素肌を這い回るのが彼の掌だとわかったのは、その的はずれな返答を聞いたからなんだけど、根本的に
間違ってるよね?ねぇ?
「違う!なんでそんなとこ触ってるの」
「だから、抱くっつたでしょ。聞いてなかった?」
「信じるっ!信じたら抱かないんでしょ!」
慌てて叫んで、いつの間にか教壇に半分押さえ込まれていた体を必死で起こす。
大きな体を押し退けて安全圏まで一歩、這々の体で逃げた私は、自分の状態に青くなるやら赤くなるやら。
シャツはスカートから出てるし、ネクタイは解けてぶら下がってるし、ワイシャツはブラが見えるまでボタン
外されてるし。あの短時間で、どうやったらここまでできる?
「ちっ…」
震える指でボタンをかけていると、本当に悔しそうな舌打ちが聞こえて。
「な、なに考えてるのよ、エッチ!」
叫んで見上げれば、ニヤリと唇を歪めた彼が心底楽しそうに言った。
「エッチなこと考えてんですよ。なんせ8年越しの欲望が渦巻いちゃってるから、俺」
「ば、ば、ばっかじゃないの?!普通、そういうのって、ちゃんと付き合って時間経ってからす、すること、
でしょ?!告白した直後とか、ありえない」
折角ちょっと前まで良い感じ、だったのに。どうしていきなり甘い空気をエロい空気にしちゃうわけ。段階を
踏むとか、考えられないの?
あんまり即物的な発想で理解できないんだと怒る私より、でも、レンは機嫌が悪そうな顔してそっぽを向く。
「ありえないのは、そっちでショ。どーして女ってすぐ段取りたがるかねぇ。好きだから抱きたいんじゃん。
俺のモノって、マーキングしたいわけ。他の奴に触らせたくないんだよ。見せたくないんだよ」
ドキッとする。ストレートな物言いに、心臓が急に鼓動を早めて、顔が赤くなる。
男の子と女の子の好きは、基本的に全然違うんだなって実感して、膨れてる彼が可愛く見えたりもして。
一歩近づくと、レンのジャケットの袖をちょっと引いた。
「その、私、誰かと付き合うとか初めてだから…いきなりは、無理。っていうか…付き合う、でいい?私と
付き合ってくれる?」
彼が目を見開いたのを確認できたのは一瞬で、直後、私は苦しいくらいに抱きしめられていた。
「麻衣はもう、俺んだよ。やだっつっても手遅れだから、逃がしてやんない」
くぐもったその声に、嬉しくて自然と頬が緩んで、何度も何度も頷いた。
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